殺鼠剤を飲まされた?

農薬

例えばの話ですが、もしも誰かから安全基準の数千倍のネズミ駆除剤を飲まされた、と言うとどう思われるでしょうか?

保険金殺人?あるいは残忍な人体実験?

実は、日本人だけで毎年何10万人もの人が飲んでいるのです。

ワルファリンという薬剤がそれで、血栓を予防するための薬として使われる一方、いくつかの殺鼠剤にも用いられます。

殺鼠剤として野菜栽培の農薬に使った場合、残留基準は0.001ppm以下です。

もしも0.001ppmの野菜を、1日1kg食べたとすると0,001ミリグラムに相当します。

医薬品として用いる場合は一日約4ミリグラムくらいですので、農薬の安全基準の4千倍を摂取したことになります。

ワルファリンを服用している人にとっては、ちょっとショックかもしれませんね。

ですが、こんなふうに医薬品と農薬は基本的には似たようなものです。

農薬は、人間以外の生物のある機能を狂わせることにより、その生物が正常に活動するのを抑えるもの、

医薬品は、人間の中のある機能を狂わせることにより健康でない状態を改善させるものです。

水でも大量に飲むと腹を下すのと同様、同じ薬品でも使い方次第で、健康にいいものとなったり、有毒なものとなったりするのです。

食品内の化学物質

さらに、これらは医薬品や農薬だけでなく、天然の食品でも似たようなものです。

典型例として大根おろしについて考えてみましょう。だ大根おろし

代表成分に、アリルイソチオシアネートという成分が含まれています。

この成分の安全データシートを見てみると、色々と書かれています。

・飲み込むと有害

・アレルギー性皮膚炎を起こすおそれ

・全身臓器の障害のおそれ

・水生生物に非常に強い毒性

他多数の記載があり、かなり危険な物質であることがわかります。

しかし我々は大根おろしをありがたがって食べます。

そして、これを食べる効能は、アリルイソチオシアネートの殺菌作用を利用した口内炎や虫歯、歯肉炎など口の中の炎症の緩和。

あるいは、体内の抗酸化力を高め、皮膚を老化から守る効果も期待されています。

上述した「医薬品は、人間の中のある機能を狂わせることにより健康でない状態を改善させるもの」というのとまるで同じです。

ちなみに、このアリルイソチオシアネート、もともとのダイコンの中には含まれていません。

虫食いになったり、人間がすりつぶしたりしてダイコンの中に含まれている物質が混じり合ってできます。

ファイトアレキシンという、病害虫から身を守るために作り出す物質の一つです。

ダイコンだけでなく、ほとんどの野菜は病害虫などで攻撃された時に多かれ少なかれファイトアレキシンを作り出します。

これらの中には、発がん性のあるものなど、人間の害になるものも多数含まれます。

結局、食品も農薬や医薬同様、利用の仕方次第となります。

 

日本人の農薬に対する不信

しかし、日本では農薬に対する不安、不信感が世界的に見ても例外的に根強いようです。

一つ例を見てみましょう。

象徴的なのがDDTという農薬です。

これは高い殺虫効果がありますが、環境汚染になるとの指摘で、国内では使用されなくなりました。

さらにその上、「国内で使えないような危険な薬剤を海外に輸出してもいいのか」ということになり、DDTの製造自体が行われなくなり、輸出もなくなりました。

その結果、DDT価格は暴騰し、発展途上国では防疫が十分できなくなってしまいました。

そしてその結果、マラリアやデング熱が急激に増加し、それによる死亡者が何万人にものぼりました。

DDTを使うことによる被害よりも、使わないことによる病死者が増えてしまった訳です。

どうして、日本人がこんなに農薬に不信感を持ったのでしょうか?

一つには、難しい化学物質名を聞かされても、理解できないことがあるかもしれません。

人間、わからないものは好きになれません。

また、一部のお医者さんやマスメディアもいい加減なことを言います。

以前、あるお医者さんの講演会に行った時には、化学物質は毒だと殊更に強調されたことがあります。

グルタミン酸ナトリウム(C5H8NO4Na、うま味調味料の元)とか砂糖(C12H22O11)とか化学式で表されるものを摂取すると体に悪いとか。

では、水(H2O)も化学式で表されるので体に悪いのか?などというツッコミはさて置いておいて、農薬はもっと複雑な化学式なので不信感が植え付けられることになったのかもしれません。

これに対して、農薬の有効性については必ずしも十分議論されていないのではないか?という気もします。

もしも農薬を使わなければ?

例えば、もしも農薬を用いなかった場合の作物はどの程度被害を受けるでしょうか?

これに関して、何年か無農薬で栽培して、減収率を調べた結果があります。

日本の米作だと、平均して27%の減収でした。

ただし、その年の作柄によって大きく異なり、最悪の場合は減収率100%(収穫ゼロ)から、最善の場合は0%(使っても使わなくても変わらず)までバラバラです。

野菜では、キャベツのような虫の食われやすい品目では平均60%以上の減収、ダイコンやジャガイモのような根菜では平均20〜30%程度。

これ以外にも、最近では自然農法などを実践している人もいます。

味や栄養等はさて置いておいて、収穫量で言えばよくできて慣行農法の8割くらいのもののようです。

世界的に見ても、病害虫、雑草による損失量は、潜在的生産量の30%前後に相当するとの話もあります。

農薬がなければ、例えば雑草は手でとるか耕耘することになります。ざ雑草

しかし、手でとるのは大変な労力となりますし、耕耘すると土が消耗してしまいます。

米国では、耕耘による土壌侵食が問題となったため、不耕起栽培で雑草は除草剤で抑えるという方法が一般的となっています。

また、病害虫については大きな農地を手で防除するのはほとんど不可能です。

化学農薬を使わないとすれば、自然農薬とか、生物農薬に頼らなければなりませんが、やはり難しい技術です。

そうできればそれに越したことはありませんが、まずは慣行農法でよい品質のものを作れるようになってからチャレンジした方が良いのでは、という気もします。

自動車は危険だからなくすべき?

農薬も、他の文明の利器と同じようなもの。

例えば自動車は、人やものを素早く移動させる優れた装置ですし、インターネットは我々の情報収集にかける時間を劇的に短縮してくれました。

しかし、自動車は有害なガスを大気に撒き散らすし、事故などにより毎日多くの人が死んでいます。

インターネットは、学生さんたちの新たないじめの温床となったり、企業の情報漏洩、新たなネット犯罪など様々な問題を抱えています。

それでも、我々は自動車やインターネットをなくそうという考えはほとんど聞かず、うまく折り合いをつけていこうとしています。

農薬も同じ。

危険性と利便性をよく考えて、リスク管理するのが重要、というところに行き着きます。

農業をする際には、農薬を使うことにより残留農薬の害を受けるリスクをとるか?

あるいは、無農薬で虫食いの害を受けるリスクをとるか?

経済面や、その人の哲学他、もろもろの事情をよく吟味して、栽培方式を決定したいものです。

 

参考にした本

桑野栄一 首藤義博 田村廣人編著 農薬の科学 朝倉書店

村本昇 農薬の光と影 文芸社

佐藤仁彦 宮本徹 農薬学 朝倉書店