ある農家の方が、素人の園芸家の農園に行きました。
すると、そこでは見たこともない、きれいな花が咲いていました。
「これはなんの花ですか?」
園芸家の方は、驚いて答えました。
「これはダイコンの花です。あなたはダイコンを売っているのでしょう?」
農家の方は答えました。
「私は花が咲く前に収穫してしまうので、一度も花を見たことがありませんでした。」
このように、多くの野菜は若いうちに収穫するので、花を見ないまま終わるということも良くあります。
果菜類であれば、花を見るでしょうが、まだ成熟していない発芽能力のない状態で収穫する場合も多いです。
さらに、ウリ類のように、種ができるまで育てても、それを採取して次の作で使う人はあまり多くはありません。
しかし、せっかくできたものを使わないのは、いかにももったいないですね。
種をとって、育ててみたいものです
何年も続けてとることによって、その土地に馴染んで作りやすくなってきます。
あるいは、もっと積極的に育種して、自分ならではのオリジナル品種を作ってみるというのもあります。
一部の作物を除き、種を取ること自体は簡単です。
植物も動物も、生物は次世代に自分の子孫を残すために生きている、と言っても過言ではありません。
ですので、収穫せずにそのまま放っておくだけで、種ができるでしょう。
ですが、ただ種をとるだけでなくできれば良い種をとりたいですね。
そのためには、それなりの工夫が必要かもしれません。
その際の基礎知識として、植物の遺伝についてある程度知っておいたほうが良いでしょう。
そもそも遺伝とは?
遺伝とは、ある形質をもった植物が、次の世代にその情報を伝えること。
この辺り、ゲノムとかDNAとか用語もいっぱいあり、かなりややこしいですね。
まずは、これらの用語について整理してみました。
まず、遺伝情報は細胞の核の中にあります。
この核の中に、染色体という、紐状とか棒状の物質が決まった数だけあります。
人間を例にとりますと、人間の染色体の数は46個あります。
この染色体の中に、DNAがたたまれて入っていて、そのDNAの各部に、その人の個々の遺伝子情報(目が細いとか、髪が縮れているとか)が入っています。
染色体の46個は、父親から23個、母親から23個づつ受け継がれたものです。
この23個が人間の性質を作るための最小単位であり、これをゲノムといいます。
父親の23個と母親の23個は対になっていて、それぞれの優劣によって子供の性質が決まります。
例えば、父親から血液型がA型の遺伝子、母親からO型の遺伝子を受け継いだとすると、A型の方が優勢になるため、子はA型になります。
このような感じで、この23×2個で、その個人の様々な性質が規定されます。
人間は、23個の最小単位が2組あるので、これを2倍体といいます。
生殖の際には、46個の染色体からなる核が減数分裂して、半分の23個になります。
それが精子または卵子の核を構成して、これらが受精し、結合して元の46個に戻ります。
動物は2倍体がほとんどですが、植物は3倍体とか4倍体とかいろんなのがいます。
植物も2倍体だと上記と同じように、遺伝情報が引き継がれます。
では3倍体とか5倍体とか奇数であればどうなるかというと、どうにもなりません。
なので、こういうのは基本的には、有精生殖できません。
この場合は、株分けとか挿し木などで増やすことになります。
彼岸花とかバナナがこの例です。
では偶数であれば、4倍体とか6倍体でも種はできるか?と言うと、種ができにくいものも多いです。
ジャガイモ(4倍体)とかさつまいも(6倍体)とかがこれらの例です。
いずれも、種ができないことはないですが、取れにくいです。
従って、こういうのも種芋を使った栄養成長などで繁殖させることが多いです。
あと、種間の交雑というものもあります。
有名なところでは、ロバと馬の合いの子のラバがいます。
普通は、別の種類の生き物だと、染色体数が違っていたり、染色体数が同じでも、その種類が違っていたりするので、このような交雑は起こりません。
例えば、小松菜とかチンゲンサイ、白菜、蕪などは、一緒に育てると交雑します。
しかし、ダイコンと小松菜は同じアブラナ科でも、染色体数が異なっており、交雑できません。
以上が基本ですが、実際は例外もいろいろあります。
彼岸花のような3倍体の植物でも、まれに種が取れることがあります。
また、京菜とカラシナは、染色体数が異なりますが、ほぼ似たような種類の染色体からできているので、交雑できます。
生物の世界は色々と複雑で奥が深いものです。
自殖性か他殖性か
もう一つ、種を取る際に押さえておくべきこととして、その植物が自殖性か他殖性かを知っておく必要があります。
自殖性とは、ひとつの個体の中で、花粉がめしべにくっついて受粉することです。
トマト、ナス、レタス、ダイズなどマメ科の植物とかナス科、キク科の植物の多くは自殖性です。
ただし、自殖性といっても完全に自殖というものは少なく、別の個体と交雑することはあります。
従って、自殖性のものでも種を取っていくうちに形質が変わっていくことはあります。
このことから、集団選抜するのが有効となります。
集団選抜は、集団で自然に育てて、優良な個体のみ選抜する方法です。
他殖性は、自殖性とは逆に別々の個体から受粉することです。
キャベツやウリ、タマネギなど、アブラナ科やウリ科、ユリ科の野菜に多いです。
他殖性であると、自家不和合性が問題となります。
これは、他殖性植物が自分の花粉から自家受粉しにくくなる性質です。
このような植物の場合、近親同士で交配を繰り返していくと、子孫がだんだん弱くなることが多いです。(自殖弱勢と言います)
自殖弱勢を防ぐためには、同じ品種(例えば練馬大根)でもA社の練馬大根と、B社の練馬大根を混ぜて植えるとかして防ぎます。
また、他殖性では、どうしても別の圃場の植物と交雑する恐れがあります。
トウモロコシなど、何百メートルも離れた場所からの花粉で、受精することもあります。
これを防ぐためは、不織布で覆うとか、周りに同じ品種をたくさんうえ、真ん中から採取するとか、いろいろ工夫する必要があります。
以上、いろいろとややこしいことはありますが、うまくよい種が取れれば嬉しいものですし、たとえ変な種ができて変わった野菜が取れても、それはそれで面白いものです。
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